令和さん、こんにちは♫

皆さんこんにちは。

いよいよ四月が過ぎて五月になりますと、平成の御代から令和(れいわ)の御代へと変わります。

至る所でこの話題を最近よく耳にしますね。

企業対応など、御苦労されていらっしゃる方々も大勢いるかとは思いますが、

天皇が譲位という形をお取りになり、御退位あらせられ、御代の引き継ぎをするというのは正直歴史上、過去だけのことであろうと思っておりましたが、まさか私が生きている間にこのようなことが起こるとは、、、流石に想像もしておりませんでした。

さて、新元号の予想やら対応など、確かな盛り上がりをみせている「令和」ではありますが、今回はちょっと違う角度から年号というものを掘り下げていこうかなと思っております。

それでは参ります。

元号とは?

元号とは、紀年法の一種。特定の年代に付けられる称号のことであります。

よく我々が見聞きしてきた、

明治、大正、昭和、平成がまさにそれに当てはまります。

ローマ字だと、M、T、S、Hといった具合になっていますが、この令和は

・LEIWA

なのか、

・REIWA

なのか、LなのかRなのか問題があります。。。

しかし、日本の公文書はヘボン式ローマ字で表記することになっているので、

・REIWA

が正しい表記になります。

今後、様々な場面で

M、T、S、H、R

なんていう表記を目にすることになるんでしょうね♪

そうそう、そういえば小話、余談ではありますが、

平成のゲイあるあるとして有名なものの一つに、

平成生まれの子に

「君、何歳?」

なんて聞くと

2◯歳です」

ではなく、

「平◯です」

(◯には数字が入ります)

と言ってくるとか来ないとかw

要は年齢ではなく、

2とか平3とかそういう言い方をする方々もいらっしゃるそうで。

私も過去に、そのような輩と遭遇したことはありますw

歳を聞いているのに

何事かありけん!!

なんて思っておりました。。。

さてさて、脱線してしまいましたが、この年号。日本ではとても馴染みが深く、実生活でも必ずといっていいほど密接に絡んできます。

公的な証明書の生年月日なんかもそうですよね?

カレンダーなんかもそうであります。

よく、「何年生まれ?」

とか聞かれてもあまり西暦で答える人はいないんじゃないでしょうか?

ところでみなさん、日本最初の年号って何かご存知ですか??

一度は習っている、必ず聞いたことのある有名な年号なんですが、おわかりになるでしょうか?

答えは、、、

「大化」であります。

歴史の教科書で大化の改新って習ったと思うのですが、まさにその「大化」なんですね。

大化の改新、、、それは645年、当時絶大な権力をにぎっていた蘇我一族と中大兄皇子を中心とする朝廷の勢力との云々。。。

なんて話を一度は皆さん、学校で習ってきたんじゃないでしょうか?

実はその大化の改新の「大化」は年号だったわけです。

意外と知らない方も多いのでは?

それでは、一番短い御代はいつだったのかと言うと、

暦仁

読み方は「りゃくにん」と言います。西暦で12381123日〜123927日までです。

3ヶ月にも満たない御代があったんですね。。。

時は鎌倉幕府、四条天皇の御代です。

ちょうどこの頃、鎌倉の大仏の建立が始まった年です。

元号の出展は『隋書』からの引用だそうです。

そう言えば、令和という新年号は、初めて日本の書物から引用されましたね!!

出典は『万葉集』であります。

ではみなさん、ここで質問があります。

それでは、一番長い御代はいつだったでしょうか?

昭和

実は昭和なんですね!私は何を隠そう昭和の生まれではあります。

え!?知ってったって?これは失礼致しましたw

昭和天皇が御隠れになった際、メディアを始め、あらゆる店までもが臨時休業していたのを覚えています。子供ながらに時代が変わるんだということを何となく肌で感じていました。

かくして、昭和から平成に移行するわけですが、最初は平成という言葉にすごく違和感がありましたが、今はすっかり受け入れています。

慣れ親しむということはこういうことなのですね。。。これはまさにザイアンス効果!!

ザイアンス効果って何かって?

単純接触効果と言いまして、経営学や心理学でよく使う言葉なんです。

簡単に言いますと、

「繰り返し接すると好感度や印象が高まる」

という効果のことです。

1つ勉強になりましたね♪

さて、それでは最後の雑学、

令和と同じ51日から新しい御代になった年号は何でしょうか??

皆さん、これはさすがにわからないのでは??

正解は、、、

慶応

です。

慶応と言えば、明治の前、江戸時代最後の年号です。

この慶応も、令和と同じ51日から始まったんですね。。。

慶応から明治への変遷と同様、平成から令和への変遷は、何か新しい時代が始まるんじゃないかというワクワク感がでてきますね!

そうそう、思い出しました!それと相まって、政府は恩赦を検討しているそう。

恩赦

有罪の言い渡しを受けた者に対して判決の効力を失わせたり、有罪の判決を受けていない者に対しては、その公訴権を消滅させるものの総称になります。

政府が令和に向けてこれを検討しているということだそうですが、真偽不明であります。しかし、実際もし恩赦がなされるとなったら、、、

このご時世、さすがに賛否両論わかれるところではないでしょうか。

しかし古来より、このようなことは御代が変わるごとに、ある程度あったと言われています。

新しい時代を色々な面でバックアップしたり、時代を跨いでしまっていた無益な争いをこれ以上長引かせない工夫の1つだったのかもしれません。

まとめ

 

さぁ、今回は令和という新年号や、年号にまつわる少し雑学チックな記事を書いていきました。

令和、、、どんな時代になるかは私たちにかかっていますね。

平成は災害が多い年でしたが、日本国内では戦争が起こらなかった年でした。(まだ終わってはいませんが。。。)

令和も戦争がない時代であってほしいですね。。。

それでは最後に、「令和」の元となった万葉集の歌を披露して終わりたいと思います。

原文:于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

読み:時に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和らぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす

意味:春の初めの良い月にさわやかな風が柔らかく吹いている。その中にあって、梅が美しい女性が鏡の前で化粧をしているかのように白く美しく咲いており、宴の席は高貴な方が持つ香り袋のように香っている

みたいな感じの意味だそうです。

なんて素晴らしいんだ!!

この歌の舞台になった、大宰府にもまた行ってみたいものです。。。

飛行機のチケットとろうかな?

それではまた。

以上、sister.shikueでした。

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